パルコ執行役でパルコデジタルマーケティング取締役でもある林直孝氏が、2019年5月29日に開催されたイベント「5G×リテールテック:黒船AmazonGO来る」で5G時代のショッピングセンターの可能性について語りました。

オンラインとオフラインが融合する社会―アフターデジタル時代とOMO―
様々なデジタルデバイスを通して人々が常時インターネットに接続し、オフラインのない「アフターデジタル」時代。スマートフォンやモバイルペイメントなどの普及によって、生活におけるオンラインとオフラインの世界の境界が曖昧になっています。2017年にシノベーションベンチャーズの李開復氏が提唱し始めた「OMO(Online Merges with Offline)」は、そのような「オンラインとオフラインが融合する社会」のことを指しています。
OMOの実現とともに、小売業ではオンラインとリアル店舗が統合され、顧客データをもとにいろいろな事業がイノベーションを起こしていると林氏は言います。
「小売業でいうとチャネルがシフトしていっているということ。アフターデジタル時代を熟知した新しい小売りの形ということで、ニューリテールという言葉も出てきていて、特に中国のアリババさんなどが引っ張っているという感じです。」
アフターデジタル時代に、オフラインで店舗を展開するショッピングセンターにはどのような可能性があるのでしょうか。
スマートフォンアプリで顧客情報を把握
まず、パルコはスマートフォンアプリによって行動データに基づく顧客理解を進めていると林氏は説明します。
スマートフォンアプリ「POCKET PARCO」では、利用者の来店前、来店中、来店後の行動ログが記録され、来店前から来店後までの顧客の行動を統計的に理解するためのデータを取得しています。具体的には、来店前に出店テナントのどのブログ記事をお気に入り登録したか、来店時にどの店舗に立ち寄り、商品を購入したか、来店後に買い物をどのように評価しているかを記録し、それぞれの行動にポイントが付与される仕組みになっています。また、スマートフォンの歩数計と連携し、店舗内で500歩歩くとウォーキングコインというポイントを付与することで、来店客の滞在時間を延ばす工夫を取り入れています。一方で、アプリユーザーでない顧客の店舗内の行動データが把握できないこと、商品情報・在庫情報を持たないため、顧客の行動データに基づく商品単位の推奨ができないという課題があると言います。
「Serendipity(セレンディピティ)」の提供
次に、林氏は、ショッピングセンターが提供したいのは「Serendipity(セレンディピティ:偶然・偶発的な出会いによる幸福感)」の体験であると説明します。
来店客がリアル店舗であるショッピングセンターに期待しているのは、ウィンドウショッピングのように店舗内を探索することや、店員とのコミュニケーションであり、一方で、商品やサービスの探索に時間がかかることや、求めるものが見つからなかった時の徒労感は避けられるようにする必要があると考えられます。したがって、ショッピングセンターが提供したい「Serendipity」は、宝探しのように店舗内を適度に探索した結果、「納得がいく商品やサービスと出会えること」だと林氏は言います。
これは、ショッピングセンターの来店客の多くが欲しいものがあらかじめ決まっていない「非計画購買」を目的としていることにも由来します。反対に、コンビニエンスストアであるAmazon GOの特徴は「計画購買」が多いことにあり、店員との不必要な会話やレジ待ちの体験を省き、素早く確実に欲しいものを購入できる「JUST WALK OUT SHOPPING(ただ商品を持って歩いて店舗を出ることでショッピングが完結するサービス)」を実現しています。
「デジタルSCプラットフォーム」
「Serendipity」を実現するのに必要なテクノロジーは何か。林氏は、「アプリ・Web」、「IoT」、「VR・AR」、「RFID・データ連携」の4つのカテゴリーを組み合わせることで価値を生み出す「デジタルSCプラットフォーム」の構想を提示し、それによって実現する2つの体験について説明しています。
1つ目は、来店客の行動データに基づいた商品のレコメンドです。これまでは、商品情報・在庫情報を持たないため、行動データに基づいて商品を推奨することが難しいという課題がありました。しかし、RFID等によってデジタル化した商品情報・在庫情報を、アプリ等を利用して記録した顧客の行動データと組み合わせ、AIを使って分析することで、顧客が欲しいものをおすすめすることが可能になります。
「お客さんが欲しいと思っているものをちゃんとおすすめして、マッチングして、納得されて買い物を終えられるという状態を作りたいと、ですので『デジタルSC(ショッピングセンター)プラットフォーム』に進化させていかなくてはならないと考えています」
その理由は、オンライン事業者と比較したオフライン事業者の特徴にあると言います。AmazonGOをはじめとするオンライン事業者によるオフラインへのチャネルの拡張は、オンライン上で顧客理解のためのデータを多く獲得したうえで、タッチポイントをさらに増やすために行われています。一方、ショッピングセンターのようなオフライン事業者は、テクノロジーを導入してオフラインの店舗内で顧客データを獲得し、必要であればオンラインにサービスを拡張していくという順番が適切ではないかということです。
「デジタルSCプラットフォーム」によって実現するもう1つの体験は、VR(Virtual Reality)やMR(Mixed Reality)を使ってデジタル化されたショッピング体験の拡張です。パルコは2018年、米国テキサス州で開催される先端テクノロジーの祭典「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」に出展し、MRショッピングのデモンストレーションを行いました。ホロレンズを使ったゴーグルを着用すると、バーチャルモデルが商品を着用している3D映像がリアルの空間上に投影され、試着をせずに商品のイメージをつかむことができるというものでした。さらに、商品をEコマースで購入することや、多言語に対応した接客も技術的には実現可能だと言います。
また、商品のデザインはCADと呼ばれるコンピュータソフトで行われることが増えており、3Dのデザインデータがあれば商品が製作されていない段階でも注文を受けることができます。
売場空間も、現在はブランドイメージを最新のものに保つために定期的に高額の投資をして変更されていますが、VRやMRを利用するとコストをあまりかけずに自由に変更でき、顧客に合わせてパーソナライズすることもできるようになる可能性があります。
5G時代の3つのSC
5G時代のショッピングセンター(SC)は、「デジタルSCプラットフォーム」を運用することで、買物をする場所としての価値だけでなく、ソーシャルセンター(人がコミュニケーションする場)としてのSCや、「Serendipity:商品・人」と出会える場所としてのSCといった価値を実現していく必要があると、林氏は締めくくります。
「これらのことを実現しようと思った時の接続環境、遅延しないであるとか、同時に多数のデバイスに接続できるということが必須になるわけで、エッジで処理できるといったことも含めて、5GがデジタルSCプラットフォームを運営・実行していくための必要不可欠なインフラになっていくのではないでしょうか」
ショッピングセンターの新たな価値の実現に、5Gは不可欠な要素であると言えそうです。