5G時代のリテールビジネス – 5G×リテールテック

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事業戦略再構築やマーケティング戦略などの分野で調査研究、コンサルティングを展開しており、リテール分野について造詣の深いD4DR株式会社。その代表である藤元健太郎氏が2019年5月29日に開催されたイベント「5G×リテールテック:黒船Amazon GO来る」のステージで語った、5G時代のリテールビジネスについて、その概要をお伝えします。

講演者である藤元氏の写真

「Amazon Go」から読み解く日本のリテールビジネスの現状

昨今、量産体制に入りつつある「Amazon GO」。アメリカや中国で「レジのない店舗」が、登場し始めています。日本でも、「スーパーワンダーレジ(株式会社サインポスト)」を利用した無人キオスクの設置(JR赤羽駅)、デジタルPOPやダイレクトプライシングなどの最新ITを実装したスマートストア「トライアルQuick」(株式会社トライアルカンパニー)の店舗展開など、「Amazon Go」に類似したサービスがみられるようになりました。しかし、これら日本における「Amazon Go」的取り組みと、本来の「Amazon Go」とでは、その目的が大きく異なると藤元氏は説明します。

日本では、人手不足・コスト削減・在庫最適化が課題として挙げられています。それらを解消するためのIT投資として、「Amazon Go」に類似するこれらの取り組みが行われている場合がほとんどです。一方で「Amazon Go」では、確かにレジは存在せず、店内に従業員は不在ですが、バックヤードでは従業員が「Amazon Go」のシステム運用に携わっています。このことから、人手不足解消のために「Amazon Go」を展開しているわけではないということがわかります。人手不足をはじめとした現場が抱える課題の解決ではなく、顧客提供価値の最大化こそが「Amazon Go」の目的であることが窺えます。現場で起きている課題に目を向けている日本の取り組みとは大きく異なると藤元氏は語ります。

「Amazon Go」の最大の特長は、入店時にQRコードによってユーザーを「アイデンティファイ」し、ユーザー特性を理解した上で購買体験を提供できる点であると言います。そしてAmazonは、ユーザーのライフスタイルや購買行動データを収集することで、次の価値提供に繋げていこうと考えていると藤元氏は語ります。

日本のオムニチャネルはどうなったのか

日本ではオムニチャネルの概念が一時期流行し、各企業様々な取り組みが行われました。例えば、セブンイレブンはオムニ7の提供により顧客や店側の多量のデータを統合させ、顧客の行動をどうすれば変化させることができるか、また実行した施策の効果を自分たちで検証することのできる仕組みを確立させました。

データ取得の有力な手段として、「アプリ」の実装は欠かせません。アプリの提供で明確な効果を示した代表的な例がユニクロです。ユニクロのアプリ上で、ユーザーは自分がいつどこで、どのチャネル(実店舗またはネット通販)で商品を購入したか、また各商品の在庫状況がどうなっているか等を調べることができます。在庫状況や個人の購買履歴などのデータが統合され、リアル店舗でもオンラインでも安心して商品を購入できるユニクロはオムニチャネルの完成形の1つと言えるのではないかと藤元氏は語ります。

リアル店舗における販売手法の転換

今後のリテールビジネスの鍵を握るのは「アイデンティファイ」であるとすると、リアル店舗ビジネスを拡大させていくために考えていかなければならない変化の一つは「経営指標」であると藤元氏は言います。特にライフタイムバリュー(LTV)の管理が重要であると語ります。

これまで、通販ビジネスに携わってきた人たちは、LTVの観点に基づき、有用顧客の割合を調査し、その残存率や利益貢献度合いがどの程度であるかを追ってきました。一方で、リアル店舗で働く人たちは、店同士の実際の売り上げ比較をもとに、一部商品の安売りを行う等の価格調整に力を注いできました。このようなリアル店舗の販売手法では、チェリーピッカーが安いものだけを買って他店に離れていくという購買の流れが頻繁に生じることとなります。その結果、顧客の購買行動を解読できず、売り上げを効率的に伸ばすことが困難な状況に陥ってしまいます。したがって、リテール事業者は、不同な顧客を対象に薄利多売な安売り競争をする販売手法から、「アイデンティファイ」によって売り上げに貢献してくれる顧客に焦点を絞った販売方法への移行が重要になります。LTVの向上がリテールテック導入の大事な指標になると藤元氏は語ります。

リアル店舗販売で注目するべき2つの視点

これからのリアル店舗を運営する際に重要な視点は「買い物を決めるタイミング」と「買い物欲のない顧客へのアプローチ」の2つであると藤元氏は言います。

近年スマートフォンの発達に伴う情報量の増加の影響で、「直前の決断で購入する」という行為が増えてきています。それに対し、リアル店舗は、店舗に行けばすぐに商品を入手できるという状況を作り出すことが可能なため、オンラインショッピングと比べて優位です。しかし現実には、リアル店舗からの情報提供が不十分なため、消費者は在庫があるかどうか分からず、安心して店舗を訪れることができないという問題があります。リアル店舗が購買者の獲得に向けて戦っていくためには、消費者の直前購買意欲に応えるべく情報とシステムを用意し、在庫確保や混雑状況の可視化など消費者が安心して店舗に足を運ぶことができるサービスを提供することが重要であると藤元氏は述べます。

さらに、小売りの世界では「滞在時間が長ければ長いほど商品を購入する可能性が高い」というのがこれまでの常識でしたが、近年の駅ビルでの行動調査によると「買い物意欲はないが滞在時間が長い人」ほど、購入率も購入額も高くなるということが明らかになりました。目的なしに店を訪れた人たちが思わず買い物をしたくなるよう、滞在時間を引き延ばすことができるかがポイントであると藤元氏は言います。

リテール分野におけるデータの活用方針

5Gが普及しIoT機器がいたるところに存在するような時代のデジタルマーケティングは、消費者の購入時と購入後の行動に着目したデータ収集が鍵となります。購入時のデータからは「いつどこでどんな情報をどんな風に提供すると人の行動が変わるか」を考察し、購入後のデータからは「その人が商品をどのように利用し、どう思ったのか」という結果を理解することが重要です。この2つを抑えることで消費者の購買行動を理解でき、ロイヤルティの高い顧客(愛用者)の獲得に役立てられると藤元氏は語ります。愛用者を獲得できれば、長期にわたってのリピート購入も期待でき、結果として販売側と購入側双方にメリットが生じると言います。

現在、デジタル化が進み日々利便性が増していく中で、ユーザーの中ではあえて「自分で体験したい」というニーズが高まってきています。こうした需要を汲み取り、パナソニックは高額なコーヒー焙煎機を販売しました。これは、従来コーヒーメーカーで提供していた「豆を挽く」、「抽出する(ドリップ)」というバリューをユーザーに任せ、「豆の調達」と「焙煎」というバリューを提供することにシフトしたことを意味します。従来扱ってきた領域をあえて「体験価値」としてユーザーに任せきることで、新たな消費者ニーズに対応しようとしています。このようなバリューチェーンのシフトという発想は、リテールの世界においても大きなヒントになると藤元氏は言います。

データの活用が基本となる時代において、データ収集が困難な日本のリテールプレイヤーにとっては、データをユーザーから預けてもらう情報銀行のようなサービスと連携していくことも一つの形ではないかと藤元氏は語ります。ユーザーがすすんでデータ提供するようなモデル、サービスが構築された場合、それらを提供する事業者と組んでしまった方がデータ収集の面では効率的かもしれません。得られたデータをもとに、消費者の特性を理解し、リアル店舗ならではの価値を創造していくことが期待されると藤元氏は言います。

5G時代の3つのリテールの姿

藤元氏は5G時代のリテールビジネスを作るポイントとして「A. データ保有」「B. 体験価値の提供」「C. プロダクト創造」の3つを提示しました。リテールビジネスの未来は、A、B、Cの3つの機能を持ち、顧客データを基にカスタマイズ生産が可能な「①パーソナライズドデータSPA」、AとBの機能を持ち、顧客のための購買代理、体験サービス代理を行う「②会員制エージェント」、Bの機能のみを持ち、体験価値を企画提案する「③体験価値プロバイダー」の3パターンになるのではないかという仮説を紹介しました。

5Gの登場により、ロボティクスやVR・ARなどの先端テクノロジーの活用が期待されます。それに伴い、リテールの分野においても新たなビジネスが生まれることでしょう。5G時代におけるリテールの在り方に今後も注目していきたいと思います。

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