
2019年3月20日に開催されたイベント「5G×モバイル決済 〜決済から広がる周辺サービス~」では、スタートアップ企業での興味深い取り組みについても聞くことができました。そのひとつが、株式会社pring(プリン)の代表取締役 荻原充彦氏が行った講演「キャッシュレス決済の先にあるお金コミュニケーションの未来」。荻原氏はお金を通じてのコミュニケーションのあり方や、働き方の変化などについて語ってくれました。
お金を動かないようにしている現代社会
「pring」は、ユーザー同士でお金を送ったり、お店での支払いや銀行からの出し入れなどに使えるスマホのウォレットアプリ(無料)。2018年3月にサービスをリリースして1年、送金総額は累計で15億円を突破しました。
「よくQR決済のサービスと言われますが、『pring』は知人、友人、家族などへの送金にフォーカスを当てています。私たちはこのアプリで、日本国内にスマホでの送金市場をつくろうとしているんです」
その理由は「お金を動きやすくすること」にあります。
「コミュニケーションという言葉の語源は、『わかちあう』という意味の言葉です。『pring』はpay、presentという価値交換がring(輪)になるようにという願いを込めて付けました。お金を送りあうことを通して、価値交換の輪を拡げることを目指しているんです」
従来なら、価値交換をするならお金を使えばいいと感じますが、「お金を貸したのに返ってこない」「返金を催促しにくい」「飲み会の幹事になった時に、不足を自分で補填しなければならなくなった」などの例を挙げ、荻原氏は従来のお金のやりとりがストレスの原因になっていると指摘します。
さらに「日本人は、お金にまつわるストレスを感じないために、できるだけお金を使わないほうがいい…という考えから、お金を動かしづらくするためのあらゆる工夫をしてきた」と分析。割らないと中身が取り出せない貯金箱や、お金の出し入れを面倒にする書類・手数料、強固な金庫なども、「お金を動かしづらくする工夫」だと氏は言います。
「経済とはお金があることではなく、お金を回すことなのに、皆でお金を回さない工夫をしている。」
お金のストレスをなくし、信用の可視化につなげる
こうした風潮を打ち壊そうというのが、「pring」の目的のひとつです。同社が目指している「お金コミュニケーション」には、3つのフェーズがあります。フェーズ1は、現状のお金のストレスをなくすことです。「pring」には、お金の貸し借りを忘れられないように、履歴を残す機能、返金の催促をしやすいようにするチャット機能やリクエスト機能などが搭載されています。
ユーザー間の収支が一目瞭然になる機能もついており「この人にはいくら送って、いくら受け取ってる」が可視化され、貸している側のストレスが軽減されます。

収支が可視化されて、それぞれの経済的な信用度が分かるようになれば、無駄なリスクに備える必要もなくなります。例えばクレジットカードの手数料は、通常3-5%ですが、この手数料は支払い(返済)をしない人、つまり信用度の低い人がいることを前提に、事業者が補填を目的として全員から徴収しているもので、各会員の信用度に合わせて手数料率を決めれば、毎回きちんと支払をしている人の手数料は限りなくゼロにできると、荻原氏は言います。
信用が可視化されることで、働き方が変わる
フェーズ2がやってくるのは2020~2022年、リスクに備える必要がなくなった結果、これまで「いい人」でいることで損をしてきたような人も、お金を回しやすくなります。なぜなら、お金を回す人・回さない人が可視化され、これまで「損」と考えられたことが「信用」という形で積み上げられるからです。

「先日マレーシアでGrab(シェアライド)に乗った際、たまたま現地通貨をもっていなかったので、シンガポールドルでいいかと運転士に尋ねました。(Grabは乗客が運転士の評価を決める制度があるので、運転士は自分になされる評価を考慮して)シンガポールドルでの支払に応じてくれた上に、通貨レートを計算して、きちんとお釣りをくれました。その人が本当に『いい人』かどうかは別として、評価がお金になるからやっているわけです。信用が見える化されるということは、そういうことです」
信用が可視化されることで、人々は自らの行動によって評価されるようになり、仕事の定義は現在考えられているような労働ではなく、コミュニティへの貢献に変わるといいます。
「今は稼ぐためには就職しなければなりませんが、今後、稼ぎ方は細分化され、信用があればいつでも自分の“何か”をお金に換えられるようになるでしょう。例えば誰かを『激励する』ことでお金がもらえたりするかもしれません。自分の価値の発揮、自分の才能の発揮がお金になるのです」
自分が持っている価値をお金に換えられる世界は、もう到来していると氏は言います。ライブ配信アプリでの「投げ銭」は、その人が提供した動きという価値に対して払われていますし、ライドシェアは誰かの時間、民泊は誰かの場所という、誰かが持っている価値に対してお金が支払われるようになりました。
「オンラインサロンもその人と所属を一緒にしたいからお金を払うという仕組みです。ただ話を聞いてくれるだけでも、価値を感じてくれる人がいるから稼ぎになるわけです。“稼ぐ”イコール“労働”ではなく、もっと細分化された価値が提供され、それがお金に代わる世の中になっていくでしょう」
それぞれが価値を提供して、その個人が評価を得るという社会は、従業員の教育も不要にすると氏は言います。既に中国では、店舗で働く従業員の胸の名札にバーコードを付けて、来店客がサービスの良かった従業員にキャッシュレスでチップを支払えるようになっています。先ほど例に挙げたGrabと同様、教育よりも評価が、従業員にきちんとした仕事をさせているのです。
「こうした世の中になってきたから、働き方自体も変わっていくというのが、僕の考えです。これからは『貢献している』とか『美しい・かわいらしい』とか『笑わせてくれる』、『世話をしてくれる』というような、標準価格のない、自由な価値提供があたりまえになっていくでしょう。これも、スマホでその人の『貢献度』とか『信用度』のスコアが見える化されれば可能なのです。極端な話ですが、これまではその人が貢献しても、しなくても一律に、『スマイル0円』だったのが、人によっては『スマイル100万円』という人が出てくるかもしれません」
コミュニティへの貢献が仕事になれば、社会は健全化する
2023~2025年のフェーズ3になると、会社組織のような契約で結ばれた組織に意味がなくなり、信用と貢献でつながった「ゆるいコミュニティ」が生まれるだろうと、荻原氏は予測しています。コミュニティの外で稼げるメンバーがお金を持ってきて、つながっているコミュニティ内でそのお金を渡し合うような社会です。そして、コミュニティにも強弱の差が生まれ、誰しもがお金のあるコミュニティに所属したい、そしてそこで貢献したいと思うようになるので、一部の権力者が牛耳るような現代の社会に比べ、健全になっていくと、荻原氏は考えています。

「大企業に入って、そこで教育を受けて、その中での肩書きを得るというのがこれまでの社会でした。これからは個人が頑張って他者からの評価を得たり、評価のためにいい行動をしたりする社会になっていくでしょう。お金は売買の手段ではなく、信用の物差しに変わると考えています。当社はこういう社会の到来を見越して事業をしております。」
同社が目指す「評価の可視化」を、よりタイムリーかつ広範なサービスとして実現していくために、5Gは不可欠なインフラだと言えるでしょう。
次回は株式会社Origamiのマーケティングディレクター、古見幸生氏の講演「マーケティングに活かすキャッシュレス決済」をお届けする予定です。