
5Gの登場は、AI(人工知能)の分野にどのような影響を与えるのでしょうか?
AI領域のコンサルテーションとソリューションの開発・提供を手がけ、ビジネスとして成果が出る適切な技術とアプローチを提供することで多くの実績をお持ちの株式会社 Ridge-i(リッジアイ 以下、Ridge-i)の創業者で代表取締役社長を務められている柳原 尚史氏に、5GとAIの現在と未来についてお話を伺いました。
5Gによる高速/大容量・低遅延・多数同時接続がディープラーニング にもたらすインパクトとは?
5Gによる低遅延の通信環境が実現すれば、画像を中心とした大容量のデータに対して高速で演算し、その結果をリアルタイムに返すことが可能となります。特にRidge-iが得意としている “ディープラーニングによる画像解析” もその恩恵を受け、精度の高い解析ソリューションを広範囲に現場まで提供できるようになるのではと柳原氏は説明します。
「例えば製造業のお客様から、検品作業にディープラーニングによる画像解析技術を用いたいというニーズが寄せられていますが、現状では検品画像データの容量が大きなボトルネックになっています。データ容量と速度を考えるとオンプレミスでサーバーを置くことが適切でも、個々の生産ラインにGPUサーバーを一つ一つ置くわけにいきません。一方クラウドにすると、現在のインターネットで高画質・大容量の画像を高速に何枚もアップロードすることは現実的ではありません。データ容量を削減する一番簡単な方法は画質を落とすことですが、そうすると小さなキズを見落とす原因にもなってしまいます。このようにディープラーニングの精度よりも、ネットワークの課題から実用まで至らないケースがあるのですが、5Gによる大容量・低遅延のネットワークを実現することで、クラウドまでそういった大容量データをアップロードし、解析結果を迅速に返す選択肢が生まれてきます。このようにネットワークの制約をなくすことで、ディープラーニング技術を検品のような実業務として使えるものとするためのキーになるのではないかと期待しています。」
5G×AI/ディープラーニングに、MECの技術を組み合わせれば、遅延はいっそう短縮でき、地域内にある他の工場全体にソリューションを提供できる可能性もあると言います。
「オンプレ環境の場合、アプリケーションの処理能力や電源を確保するための大規模なサーバーを、どこに置くのかが問題になります。一方クラウドはコストパフォーマンスは良いのですが、伝送による遅延の問題が出てきます。その点でMECはオンプレミスとクラウドの中間に位置する新しい選択肢で、その基地局がカバーする地域全体に大容量・低遅延が求められるソリューションを一気に展開することができるでしょう。5G×AI×MECは、工場地帯だけでなく、人が集まる商業施設、スタジアムなどでの活用も考えられます。MECという選択肢も含んで、オンプレミス・クラウドを適材適所で利用していけば、さらに良い結果が出せると期待しています」

また、5G×MECで得られるリアルタイム性が求められるAIソリューションやサービスイメージについては、
「表情や会話、人の動きを検知するなど、リアルタイムに近いヒューマンインタラクションが必要なソリューションにおいても、5Gの低遅延性が役立ちます。人が自然に行っている認識速度に追随できる速度で処理が行えるようになれば、AIの可能性はさらに広がります。例えば、不審者を検知してスマートグラスに映し出すようなAIサービスがあるとしても、グラスに表示されるのが1秒前の状態だったら、脳内がパニックになってしまうでしょう。こうした人の認知・判断に直結するようなサービスを実現するには、リアルタイム性は欠かせません。
コミュニケーション以外でも、例えば画像解析結果から作業工程を表示するような検品作業では、物体を認識してその指示が出てくるまで手が止まってしまうと大きなストレスになります。人などの解析対象が動いている場合でも、その動きに合わせて解析結果がすぐに表示されなければ使い物になりません。このようなソリューションで求められる速度を達成したAIソリューションというのはあまり実現できておらず、それが5G×MECで実現できればすごく面白いのではないでしょうか。例えば、スマートグラスがあまり普及しないのは、認知・判断に直結する速度が求められているのに対し、エッジの処理能力とサービスラインナップの拡張性が少ないためだと考えていますので、5G×AIソリューションは、スマートグラスが普及する上での決め手になるかもしれません。」と話してくれました。
サービスイメージとして、AIによる解析機能やソリューションをMECやクラウドに実装することで、5Gの地域にいる企業やユーザーがすぐに使えたり、エッジからクラウドまでの処理負荷の最適化、また一部機能を組み合わせて使用するなど柔軟なソリューションが提供可能になれば魅力的だと言います。
人物特定から事故や災害対応まで、ディープラーニングで広がる画像解析技術の可能性

Ridge-iが得意とするディープラーニングの活用例の一つ「再照合AI」にも、5GやMECが利用できると柳原氏は言います。Ridge-iが提供する再照合AIは、“なんとなく写っている” レベルでも人物を特定できるという精度を持っており、様々な分野での応用が期待されています。
「再照合とは同一人物を認識するAIでして、例えば1台の監視カメラに写った人物を、他の監視カメラの映像から探し出すというものです。画像を1枚切り出すだけで、人物の角度や向き、画質が異なっていても検出でき、顔のアップでなくても人の全体の特徴を解析して特定できるところがこの技術の面白さです」
「また、セキュリティ目的はもちろんのこと、待合室での待機時間の測定や、商業施設内を移動する人たちの動線分析など、サービス向上、マーケティング用途などにも役立てられます。」
これまでの人物検知では、人に特定の撮影条件を強いるというケースもありがちでしたが、Ridge-iでは、こうした制約もないため、非常に汎用性の高いソリューションの開発が可能だと言います。
Ridge-iの「ディープラーニングによる画像解析事例」
衛星レーダー画像SAR オイル流出検出

これまで自動解析に活用されていた衛星データは、主に光学衛星による衛星写真でしたが、衛星レーダーで撮影した「SAR(サー)」という画像を解析し、流出した原油の範囲を特定した活用事例。
「原油流出という学習素材の数が少ない分野で、高い精度を担保するのが最も大変でした」(柳原氏)
再照合とは異なるアプローチで実現した、異常検知ディープラーニング
再照合AIが「教師あり学習」だったのに対して、物体表面のキズの有無を判別するような場合に利用される異常検知AIでは、「教師なし学習」によるアプローチをとっています。
「一口にキズと言っても種類が多く、ひっかき傷のようなものもあれば、ゆがみや擦れといったものもあります。不良品は教師データとして数が少ない場合もあり、通常の教師あり学習では難しいことがあります。そこで弊社では “不良” ではなく、 “良品” を定義することにしました。キズのないさまざまなパターンの画像により “良品”の定義をディープラーニングに学ばせることで、良品にない部分を認識させるのです」
異常検知AIは、検品画像の中から、良品として定義された画像にはない特徴を持つ画像、つまり良品ではない画像に反応するという仕様になっており、微細なキズや、わずかな歪みでも検出が可能です。

「この異常検知AIではいろいろな活用が考えられます。例えば災害対応の分野です。災害の発生後に単純に衛星画像の差分を分析しても、平時から変わってしまった箇所はすべて検出されてしまうかもしれません。しかし異常検知AIを使えば、土砂災害や洪水が発生した部分だけを検出して情報を提供するという使い方もできるはずです。
また、異常検知は監視カメラとも相性が良く、いつも白衣を着ている人がいる場所に、違う服装の人を検知する、などもできます。こうしたソリューションをうまく5Gのメリットと組み合わせて、新たなソリューションとして提案していきたいと考えています」
5G×AI×MECが、人と社会を変えていく

将来的には、5GとAIが組み合わさることで、人の感覚を拡張してくれる世の中が来るかもしれないと柳原氏は話します。
「一例として、後ろ向きにカメラが付いている自転車用ヘルメット、というものも考えられます。この “後ろの目” で、背後の安全を確認できるようにするわけですが全てヘルメットで処理するのは大変なので、解析は5Gを通じてMECやクラウド上で行う。5Gの低遅延環境なら、肉眼で見ているのと同じ速度で解析結果を返すこともできるでしょう。リアルタイムででたら面白いと思うことは、まだまだたくさんあります。それらが実現した新たな社会を想像すると、とてもワクワクしてきますね」
人に役立ち、社会に貢献するAIを生み出す柳原氏と株式会社 Ridge-i。その挑戦はこれからも続いていきます。
※ディープラーニング:多層のニューラルネットワークを構築し行う、AIによる機械学習の手法の一つ。深層学習と訳される。
※MEC (Multi-access Edge Computing):基地局などのよりデバイスに近い場所で演算処理を行うネットワークコンピューティングの技法。